· 

誰でもできる家賃交渉

はじめに

総務省発表による「令和5年住宅・土地統計調査 住宅数概数集計結果」によると、総住宅数6502万戸の内、空家は900万戸(13.8%)であり、住宅の10戸に1戸以上は空家というのがデータ上の現実である。都心部に居住している方にはピンとこないかもしれないが、空家の内訳としては、アパート等の賃貸用の住居が443万戸と全体の約半分で、空家率のワーストエリアは徳島県と和歌山県であるから、簡単に整理すると田舎の賃貸用物件に空家が多いということである。

 

総務省統計局発表の「消費者物価指数(中分類指数)」によれば、全国平均の家賃指数は2024年6月期において前年同月比+0.3%、東京都区部は+0.5%の微増傾向を示している。他の消費財に比べるとあまり上昇していないように見えるが、家賃の賃料改定は一般的に数年毎の契約更新のタイミングに行われることがおおく、生活費に占める割合も高いことから交渉がまとまりづらいこともあって、物価の中でも家賃は沈黙の指数といわれるほど動かない指数なのだが、昨今のインフレ傾向を反映して少しづつではあるが上昇傾向を示しています。

 

空家が増えているのに、家賃が上昇しているというのは、一般的な消費者の感覚としてもピンとこないのではないでしょうか。空家が多いということは過剰供給なのですから、普通に考えれば家賃は安くなりそうです。しかし、不動産は他の消費財とことなり、大量生産ができず、かつ、同じ物が二つとないという特徴があります。駅からの距離などの周辺環境、経過年数や維持管理などの建物の状況により、個々の不動産毎に個別に家賃が形成されています。

 

過剰供給なのに、全体でみると家賃が上昇傾向にあるということは、家賃が二極化しているためです。代表的な例としては、山手線の内側のような人気エリアの家賃は上昇傾向にあって、郊外の不便なエリアの家賃は借りる人がいないため下落傾向にある。平均でみるとやや上がっているようにみえるけど、実際は地域毎により上がったり下がったりしています。

 

あなたのお住まいが賃貸であれば、賃料を減額する余地があるかもしれません。逆に大家さんであれば上げる余地があるかもしれません。賃料はその性格上粘着性が強く、契約当初の賃料がそのまま据え置かれている事がおおくみられます。

 

今の賃料に不満があれば、賃借人であれ大家さんであれ本書が参考になるかもしれません。

 

1.借地借家法第32条1項

「建物の借賃が、土地若しくは建物に対する租税その他の負担の増減により、土地若しくは建物の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により、又は近傍同種の建物の借賃に比較して不相当となったときは、契約の条件にかかわらず、当事者は、将来に向かって建物の借賃の額の増減を請求することができる。ただし、一定の期間建物の借賃を増額しない旨の特約がある場合には、その定めに従う。」

 

この法律は強行規定ですので、契約書の記載事項よりも優先されます。つまり、周辺の賃料水準と比べて均衡を欠いていたり、地価公示価格が変動していたり、物価が変動しているような状況においては、現況の賃料に不服がある場合は賃料の改訂を請求できるということが法律上規定されているのです。

 

2.賃借人の立場であれば

 

前述したとおり、全国での空き家率は13.8%、つまり10件(戸)中、1~2件(戸)は空き家となっており、更に空き家の内訳をみると、賃貸用の住宅が過半を占めています。都心部と郊外など地域的な隔たりはありますが、全国の大家は、保有物件の稼働率をいかにあげるか、または維持するかということを常に考えています。

 

入居時は新築だったとしても、更新の時期においては、必ず中古物件になっています。築浅であっても新築プレミアムは剥げ落ちています。上記空家率のとおり、賃貸物件は供給過多なので、より駅に近く、より新しい物件の競争力が高くその逆は低くなります。このような不動産市況の中、一旦入居者に退去されると次の入居者がはいるまでの入替期間が長期化する傾向にあります。大家としてはこれが一番避けたいことなのです。

 

下記のような条件に当てはまるなら賃料の減額交渉をすすめます。

・入居時点は新築物件だった

・駅から遠い、郊外にある

・周辺や同一物件内に空室が目立つ

 

3.大家の立場であれば

前述のとおり、消費者物価指数等のマクロ的な指標を観察すると、執筆時点(2024年6月)の各指標は、インフレ傾向を示しています。賃貸借の契約当初に比べて、以下に記述する賃料と相関の強い指数が上昇(下降)傾向を示しているような場合は、一度、現状の賃料水準が近隣相場に比べて妥当な水準にあるかを確認することをお勧めします。

 

中古物件の場合、経過年数が気になるかもしれませんが、適正な維持、管理、修繕により、建物の性能や機能を維持しているのであれば、経過年数にとらわれることなく、適正と思われる賃料の改定を請求できます。逆にいえば、経過年数の浅い物件であっても、建築費用をケチっていたり、維持管理の状況が悪い物件よりも、建物の状態はよいことも考えられます。

 

下記の条件にあてはまるようなケースでは家賃の増額交渉を検討しましょう

・周辺の賃料水準が上昇傾向にある

・駅徒歩圏、人気エリア等立地条件がよい

・近隣で再開発がある、大型店舗の出店が予定されている、工場の建設があるなど

 

4.エビデンスの準備

賃料改定は難しいと思われるかもしれませんが、プロが交渉の材料として準備する資料は、基本的に誰でも取得できる公的な情報

が中心になります。不動産業者しか取得できない、賃料の成約事例もあるかもしれませんが、周辺の賃料相場を調べる程度であれば

不動産のポータルサイト(suumoなど)で確認できる募集賃料でも十分です。

 

①.消費者物価指数

総務省統計局が毎月公表しています。全国の世帯が購入する家計に係る財及びサービスの価格等を総合した物価の変動を時系列的に測定するものです。e-statという各府省が公表する統計データのポータルサイトから取得可能です。

 

中分類別に分類した指数に「民営家賃」という品目があります。契約当初の民営家賃指数を分母に、調査時点の指数を分子にして、現況の契約家賃に乗じることで、調査時点の適正家賃の目安として算出できます。

 

②.地価公示・地価調査・路線価・固定資産税路線価

地価公示価格は毎年3月頃、国土交通省が地域の標準的な土地を設定し、1㎡あたりの正常な価格水準を公表します。

地価調査価格は毎年9月頃、都道府県が地域の標準的な土地を設定し、1㎡あたりの正常な価格水準を公表します。

相続税路線価は毎年7月頃、国税局が地域の路線毎に標準的な土地を設定し、1㎡あたりの価格を公表します。公示価格水準の8割程度の水準です。

固定資産税路線価は3年に一度、市区町村が地域の路線毎に標準的な土地を設定し、1㎡あたりの価格を公表します。公示価格水準の7割程度の水準です。

 

全国地価マップ不動産情報ライブラリ財産評価基準書(国税庁)などからデータを取得できます。近隣に公示や地価調査のポイントがあるか、前面道路に路線価が付設されているかを確認します。

 

契約当初の価格を分母に、調査時点の価格を分子にして、変動指数を求めます。価格の動向は賃料の先行指標になるため、今後の推移を予測するデータになります。但し、賃料は価格ほどに変動しないことが一般的ですので、求められた指数は参考資料程度に留めましょう。

 

③.建築費指数

一般財団法人建設物価調査会が毎月公表しています。建築費の動向を確認できます。建物種類(店舗、住宅など)、構造(木造、鉄骨など)ごとに指数を確認できます。契約当初の指数を分母に、調査時点の指数を分子にして、変動指数を求めます。

 

建物価格の動向は新規賃料の査定の際は重視されますが、中古の場合は新築ほどの相関はないため、土地価格の変動同様、求められた指数は参考資料程度に留めましょう。

 

④.周辺の賃料水準の動向

不動産の代表的なポータルサイトである、suumoHOMESアットホームで、周辺の募集ベースの賃料水準を確認します。最寄り駅、駅距離、経過年数、構造、間取り、専有面積などから、類似の募集事例をソートして検索します。近隣で募集事例の収集ができない場合は、検索の範囲を広げて収集します。また、懇意にしている不動産業者があれば賃料相場をヒアリングしましょう。

 

⑤.固定資産税の推移を確認

固定資産課税台帳の閲覧制度により、借地人及び借家人等であれば、市区町村の担当窓口で台帳を閲覧することができます。

契約当初と調査時点の税額を確認します。古い契約の場合は契約当初の台帳閲覧ができない可能性もあります。特に税額の推移は、賃料改定率に大きな影響を与えますので、必ず確認するようにしましょう。

 

上記1~5の内、賃料改定の根拠として強いのが、1.消費者物価指数、4.周辺の賃料水準の動向、5.固定資産税の推移を確認、の3つです。これらの指数が変動しているようであれば、賃料改定の説得力は高くなります。

 

以前は、これらの資料を整理してレポート形式にまとめることは、素人には難しい作業でしたが、グーグルやマイクロソフトの無料の生成AIアシスタントなどを活用することで、容易に作成できる環境があります。上記資料で根拠資料としては十分です。

 

仮に1万円の改定だとしても、2年更新の契約だと、2年間で24万円の損失になります。また、賃料をこまめに改定しておかないと、改定時点の賃料水準と現行賃料の乖離が大きくなり、1回の改定では時価水準まで回復できないことも考えられます。大変かもしれませんが、契約更新時には改定の必要があるかを必ず確認するようにしましょう。

 

5.管理会社に相談する

 

大家が直接管理している物件であれば、大家と借家人の直接交渉になります。大家が管理会社に管理委託をしている場合は、まずは管理会社に事情を説明しましょう。但し、管理会社に建物の管理委託報酬を支払うのは大家です。管理会社にとって重要なのは大家に継続して管理を委託してもらうことです。

 

ですから、大家のためになることはしますが、賃借人の為になることは積極的にならないのが普通です。あなたが借家人であれば、管理会社をとおして賃料改定の交渉を依頼することは難しいでしょう。逆に大家であれば、賃料改定交渉を管理会社に依頼することは普通にあることです。しかし、賃料改定交渉の内容が非弁行為に該当するケースもあるため、弁護士に依頼しない場合は大家と賃借人が直接交渉することになるケースもあります。

 

6.賃料改定交渉がまとまらない場合

交渉がまとまらない場合は、借家人は妥当と判断した賃料を法務局に供託することで、賃料の滞納状態にならないように権利を保全することも可能です。賃料が高額であったり、店舗等他物件への移転が容易でないなどのケースでは、供託制度を利用して、裁判にするケースもあります。

 

しかし、普通の一般住宅で相当の賃料を支払っているようなケースでは、供託して争うよりは、納得できない場合は転居となることが一般的でしょう。人気のあるエリアにある築浅物件であれば、昨今の市況からも大家は強気になっているので、減額交渉は難しいでしょう。人気のないエリアにある築古物件であれば、周辺の稼働率も落ちているでしょうから、減額交渉は容易になります。前述したとおり、大家は稼働率を落としたくないのです。自分の住んでいる物件に応じて、交渉を進めましょう。